Jan 03, 2011
ソファへのこだわり
私はソファの様々な条件を持っています。背もたれの高い足場、比較的凹んで、革ではない、等。これだけの条件に合うソファはあまりないので、家具を置いている店を何件か報告に戻ります。振り返って自分の好きなソファに出会った時はとても嬉しいです。妥協しないで良かった、とも考えています。ベッド、マットレスは熟睡が異なりますので、こだわりたいところです。ポケットコイルと、背中や腰をしっかりサポートしてくれていますが、やや硬さがあります。しかし、最近ではポケットコイルの下の部分は、タイプがあります。このベッドは、ポケットコイルでモムウルジジハミョンソ下の部分で、体が柔らかくして、寝床を得ることが快適です。
◆中学校の部課題読書
◇ベースボールという魔法−−富山市立堀川中1年・辻井優里奈さん
今年も、夜空には色鮮やかな光の大輪が広がり、川辺では人々の歓声がこだまする。これは、毎年八月一日に行われる富山市の花火大会の光景だ。いつの頃からか、夏の風物詩となり、私も幼い頃から楽しんでいる。
私が小学校三年生の時だった。一緒に見ていた祖父が「平和な時代になったのう」とポツリと語った。その時、この花火大会が戦争の犠牲者の鎮魂と復興の願いを込めて昭和二十二年から始まったということを初めて聞かされた。幼いながらに、ただ楽しむだけではいけないような気持ちになったことを覚えている。
それから四年後のこの夏、「元兵士たちの日米野球」という副題のついた一冊の本に目がとまった。偶然だろうか。
この本に出てくる野球選手は、全員が第二次世界大戦で兵士だった人である。戦争という時代の波にのみこまれた日米の元兵士たちが、六十年の歳月を経て、開戦の地「ハワイ」に集い、野球をしたのである。
ある人は、アメリカ人は鬼だとずっと思い続けて生きてきたという。彼は野球に興じる元米兵に、「ぼくは、零戦のパイロットだった」と、突然語りかける。すると、「ぼくの乗っていた船は、零戦に攻撃されたことがある」と、ストレートな返事が返ってきた。元米兵の彼は、日本人を憎むという意識をもっていなかったのだ。戦争は、国と国との戦いであって、相手に憎しみがあったわけではないと考えている人もいたのである。「お互い生きていてよかったね」という元米兵の言葉に、「みんなおなじ人間じゃ。なんも変わらん」。六十三年間、鬼だと思い続けていたアメリカ人に対するイメージが一変した瞬間だった。
また一方で、日本人のことを許せないほど憎んでいた人もいる。そして許したいから「ハワイへ行く。自分の中で許します」と語ることが「ハワイ」へ来た目的だというのである。
さまざまな心の葛藤が渦巻く中、人々は、ただ野球に興じた。被害者意識や言葉の壁。しかし、彼らに多くの言葉は不要だった。野球を愛する気持ちが共有されたことで、お互いの距離を縮められたのだ。
若手野球選手育成を目的に行われるハワイ・ウインター・ベースボールのオーナーが、リーグ創設の思いをこめた文章の中で、次のように記している。
「ベースボールは夢見る人たちのためにつくられたゲームであり、このスポーツのもたらす魔法が国と国をつなげ、ひとつの試合がひとつの世界になる」
まさしく、今回の日米野球そのものではないだろうか。六十年以上の歳月を経ても、戦争という呪縛から解放されない人々のために、神様が開戦の地「ハワイ」で、野球という魔法によって、人々を呪縛から解き放ったのである。「ハワイ」で始まり、そして今、「ハワイ」で終わった。これは、決して偶然ではなく必然だったと私も思う。戦争で命を落とした野球を愛する若者たちの思いも加わったのかもしれない。
富山でも米軍の無差別攻撃による富山大空襲があり、雨あられのように落ちてくる焼夷(い)弾で、多くの人々が亡くなった。第一回花火大会が行われた六十三年前の夏、当時の人々は、どのような思いでこの花火を眺めたのだろうか。そして今、当時を生きた人は、どのような思いで見つめているのだろう。戦後生まれが大勢を占めるなか、この花火大会が単に楽しむために始まったのではなく、別の深い意味をもつことをわかっている人は、果たしてどれくらいいるのだろう。
戦争を体験した人は、当時の多くを語りたがらないという。おそらく、その時代を生きた人にしかわからない思いがあるのだろう。私に彼らの封印された何年間かを解き放つ力はないけれども、自分で封印しなければならないような辛く悲しい出来事を、二度と繰り返してはいけないということだけは強く心に思う。
「戦争」とは、「平和」とは、「生きる」とは。これからはかつて国を守るために、命を懸けていた彼らと同世代の私たちが、「大切なものは何か」、それを考えて、生きて進んでいかなければならない。そして私にこのことを考える機会を与えてくれたこの本との出会いは、やはり偶然ではなく必然だった思う。
夜空を彩る花火を見つめる思いは、これからも変わることはあるまい。私もこれからもずっと地元、富山の美しい花火を見続け、そして守っていきたいと思う。(「奇跡のプレイボール:元兵士たちの日米野球」大社充・著、金の星社)
1月23日朝刊
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