May 24, 2009

不動産投資信託に注目中

不動産投資信託を保有していますが、これは今、自分で人気の金融商品となっています。今後も不動産投資信託残高を増やしていこうと考えていますが、最近の株式市場の低迷により投資口価格も下落しています。これは、逆に利回りは上昇していることを意味します。今後の展開に注視していますが、今では、久しぶりに買ってもいいレベルになりました。
アパート経営についてのノウハウ本が、今も書店でソートされている。これらのマンション事業は、なかなかサラリーマンが行うことができるわけではないと頭から決め付けてしまうと何もできなくなってしまう。それで、そこから自分にあったエッセンスだけを拾い出して、自分なりの形で変えて行けばいいのだ。それがうまくできるかどうかだ。
●柴田英嗣(お笑い芸人)
 先週6日、総合エンタメサイト「DMM.com」の新サービス「DMMチャリティオークション」の記者発表会で司会を務めた。昨年2月から、体調不良を理由に長期休養していたが、この1月、「爆笑問題の日曜サンデー」(TBSラジオ)で復帰。特別番組「美女アスリート総出演炎の体育会TV〜2011」(TBS)で、テレビにも復帰を果たしていた。
 復帰後、マスコミの前に出るのは、今回の記者発表会が初。記者から「いろいろ整理はつきましたか? 不倫とか」と聞かれ、「そういうんじゃないですから。病気ですから!」と強く否定。しかし、病気についての詳しい説明はなく、報道されている女性問題を釈明することもなかった。心配していたファンはスッキリしなかっただろう。
 柴田が長期休養を発表したときも、理由についての詳しい説明はなかった。そのため、「金銭問題」「女性問題」などがウワサされ、とくに女性問題説は根強く、「元カノと不倫し妊娠させた」「元カノが柴田や柴田の妻から脅迫メールを送られ、警察や柴田の事務所に訴えた」といった話まで飛び出した。当時、週刊誌の直撃を受けた柴田は「自分のまいた種なので……」と答えていた。不倫を疑われても仕方がない。
「単に病気が理由の休養なら、もっとハッキリ説明するはず。説明できない理由が根っこにあるのでしょう。当時、柴田は山崎弘也とのコンビ『アンタッチャブル』で売れまくり、レギュラーを何本も抱えていた。それをフイにして休養したのだから、それ相当の理由だったはずです」(芸能ライター)
 当時、コンビの山崎は激怒したといわれる。山崎が「ザキヤマ」としてピンで売れっ子になった今では、「アンタッチャブル復活はありえないのでは?」との見方もある。実際のところはどうなのか。
 柴田の鋭いツッコミは“天才・横山やすしの再来”といわれ、アンタッチャブルの漫才がまた見たい、という声も根強い。柴田は会見の際、「これからも(コンビで)やっていきますよ」と語っていた。
「山崎は女性問題を繰り返す柴田にあきれ、コンビを復活させる気になれないのでしょう。柴田は結婚し2児の父親ですが、その奥さんと結婚したときもする、しないでモメた。結婚後も別居だ、離婚だ、と落ち着かなかった。07年に急性肝炎で入院し3カ月休養したのですが、そのときも、本当は女性問題が原因だったというウワサもあります」(芸能ライター=前出)
 アンタッチャブルのネタは柴田がツッコミを作り、山崎がボケの部分を作って完成するという独特のスタイル。息が合っていなければできない。ならば、柴田は山崎の怒りが解けるまで、ピンでがんばるしかなさそうだ。
 救いは、柴田には強みがあること。無類の動物好きで知られ、「アンタッチャブル柴田英嗣の日本一やかましい動物図鑑」(講談社)を09年に上梓。
 休養期間中の昨年8月には、動物チャンネル「アニマルプラネット」が実施する「動物検定」一般常識の3級と4級を受験し合格した。“動物のことなら柴田”というイメージを確立している。
 動物ネタを元にいかに面白く広げられるか、に柴田の芸人生命がかかっている。

(日刊ゲンダイ2011年7月14日掲載)

 雑誌「an・an」と飲料ブランド「ZIMA」が主催する「Best Kisser 2011」発表会が13日、都内で行われ、優木まおみ(31)が出席した。
 忘れられないキスの思い出を聞かれた優木は、高校3年生の時のファーストキスについて「2つ下の男の子としたキスが、13年前なのに鮮明に覚えてます。ぶつかるような感じで“ああ、キスしちゃった”って。すごくドキドキしました」とニッコリ。今、その唇を独り占めしている男が気になるなぁ……。

(日刊ゲンダイ2011年7月14日掲載)

●腸捻転、ヘルニア、前立腺肥大、急性硬膜下血腫…
 今月12日、食道がんのため亡くなった宮尾すすむ(享年77)。「ああ日本の社長」のリポートなど、軽妙なしゃべりで人気だったが、晩年は「病気デパートの社長」といっていいほど病に苦しめられた。
 58歳だった92年に顎下腺腫瘍(がっかせんしゅよう)の摘出手術を受け、2年後に妻の明美さん(享年46)を亡くすと、その直後に腸捻転で入院。小腸を50センチも切除する大手術を受けた。
「2時間の手術で6キロ痩せた。それでも退院時には会見を開き、報道陣に20センチもの傷跡を見せるサービス。“早く仕事がしたい”と言っていました」(芸能リポーター)
 宮尾はその後、仕事復帰。愛車のベンツが国際窃盗団に盗まれたり、社会問題化した「商工ローン」大手・日栄のカラオケ大会の司会をしていたことがバレたことはあったが、芸能活動は順調だった。
 再び病に襲われたのは02年。2月に椎間板ヘルニア、6月に前立腺肥大で手術をしている。その上、7月には前立腺肥大手術の後遺症で大量の血尿を出し、救急車で緊急搬送。退院会見の時は、「ハイッ!」とお馴染みのポーズを決めたが、別人のように痩せ細っていた。
 その5年後は、運転中に急性硬膜下血腫を起こして前の車に衝突。意識不明で病院に運ばれていた。そして今回の死因となった食道がんである。
 宮尾は昭和9年(1934年)生まれ。今年は同年生まれの坂上二郎、児玉清、長門裕之など有名人の訃報が相次いでいるが、またひとり、昭和を代表する芸能人がこの世を去った。

(日刊ゲンダイ2011年7月14日掲載)

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