Jun 17, 2010

フロアコーティング業者の選定のポイントを維持すること

フロアコーティング業者を選択する場合のポイントを押さえて比較してみましょう。まず、要求を整理し、そのニーズに合った業者を選択してください。扱っているフロアコーティングの種類はメーカーによって異なりますからしっかりチェックしましょう​​。フロアコーティングを専門としている実績のある業者を選択し、サンプルを注文したり、相見積もりを取ったりして、比較しながら、しっかりとした業者を選びましょう。
安全な製品を使用して床のコーティングと思っています。販売をインターネットショッピングなどでよく見かける、天然素材の床コーティング。私もいろいろ使って見ていますが、スプレータイプではない純度の良いことはほとんどバケツに入れて水で希釈して直接スプレー容器に入れて使用するだけ。も、子供が床に何か落ちたのイプエハゴ床に横になってのですが生地の場合を考えると、有害なものは使用したくありません。なお、石油製品とは異なり、天然素材の製品は、コーティング後もしっとりとした味わいのある光沢(ピカピカしすぎない)っぱいの生活に慣れる化されます。処理の現代科学では良い製品があるとね。
著者プロフィール:郷 好文

マーケティング・リサーチ、新規事業の開発、海外駐在を経て、1999年?2008年までコンサルティングファームにてマネジメント・コンサルタントとして、事業戦略・マーケティング戦略など多数のプロジェクトに参画。2009年9月、株式会社ことばを設立。12月、異能のコンサルティング集団アンサー・コンサルティングLLPの設立とともに参画。コンサルタント・エッセイストの仕事に加えて、クリエイター支援・創作品販売の「utte(うって)」事業、ギャラリー&スペース「アートマルシェ神田」の運営に携わる。著書に『顧客視点の成長シナリオ』(ファーストプレス)など、印刷業界誌『プリバリ[印]』で「マーケティング価値校」を連載中。中小企業診断士。ブログ「cotobike」

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 東日本大震災をどこで迎えましたか?

 震度5弱以上は17都県、426市区町村、734地点にわたった(気象庁発表)。誰もが忘れられない体験をした。

 ローソンの広報スタッフは虎ノ門にいた。3月29日から発売するUchiCafe SWEETSの新作デザート「2011春コレ」発表会があった。“シーズンズコレクション”として、旬の素材を使ったUchiCafeを年4回発売する。その第1弾の6つの戦略商品を発表していた。

 その終了間際、大きく揺れた。交通機関はストップ。スタッフは当初待機していたが、夕方大崎の本社までの8キロを2時間歩いて戻った。本社では地震発生後から5分後には災害対策本部が設置され、CCO(チーフ・コンプラアンス・オフィサー)を中心に対応に追われていた。

 「レントラ便」のハーツ社長の山口裕詮(やまぐち・ひろあき)さんは、大崎の本社の近所を歩いていた。「この揺れは尋常ではない」と思った。レントラ便とは「運転手付きのトラックレンタカーサービス」で、ドライバーが荷物の運搬も手伝うというサービス。山口さんは会社に戻り、交通状況をチェックした。首都高はすべて不通。確かに尋常ではなかった。

 20時過ぎ、ローソンの災害対策本部からハーツに電話が入った。山口さんが受けた。

 「救援物資を東北まで運んでもらえませんか」 

 「店舗の被災を調査する緊急調査応援部隊を派遣したい。だが年度末でどの運送会社もクルマが出せない」とローソン。みんなホンネでは道路の状況が分からないところに行きたくないし、「福島は危ない」という風評もすでに広がっていた。対策本部は困りきっていた。

 ハーツでもドライバーは出払っていた。しかし、クルマは融通できた。山口さんは考えた、「危険な所に社員を行かせられない。オレが行こう」。ローソンの依頼を承諾した。

 「協力先が見つかりました!」

 担当者から報告を受けた時、対策本部はどっと湧いた。

 23時、ローソン広報はプレスリリース「東北地方太平洋沖地震に対する救援物資のお届けのお知らせ」を出した。

 ローソンでは宮城県等の対策本部と連絡を取り、下記救援物資を被災地域に運搬します。<水、カップラーメン、箸、乾電池、使い捨てカイロ、マスク>

 山口さんは自身のブログにこう書いた。

 「急遽、仙台へ向け出発します。もちろん救援物資を運ぶためです。道路が寸断されている箇所もあるかと思いますが、この国難を黙って見ている訳にはいきません」

 翌3月12日の17時、東京を出発したレントラ便他トラック4台には、物資やスクーターが積まれていた。阪神・淡路大震災の時、被災地で役立ったからだ。

●山口さんが仙台で見たものは……

 トラック4台のローソンの先遣隊は3月13日3時に仙台に到着。市内はそれほど損壊していない。明るくなり、人の流れもできた。だが、みんなさまよっていた。目が血走っていた。山口さんは恐くなった。見る間にコンビニは次々とシャッターを降ろして閉まっていった。売るものが無いのだ。

 ローソンの3月13日時点の店舗状況の↓の通り。

 岩手県はほぼ全滅、宮城県でも7割が休業、福島県は半分だ。過去の経験から被災後1週間は救援物資が不足すると分かっていた。何よりも救援物資の輸送が必要だ。救援物資輸送ではローソン宮城県対策本部、宮城県、山形県、福島県へ3月13日に10トントラック5台分、3月14日は3台分運んだ。

 一方、本来であれば東北への救援物資を送る拠点となるはずの関東の工場も被災し、停電もあったため十分な生産体制がとれなくなっていた。関西の工場には余力があったが、陸送ではオニギリの消費期限が怪しくなる。そこで3月14日、関西から青森空港と羽田空港に空路で運び、そこから陸送で八戸市と茨城市へ運んだ。3月15日も伊丹空港から空路で羽田空港までオニギリとパンを運び、福島市と郡山市まで陸送。さらに北海道工場からは船で青森県まで送り、そこから岩手県庁まで陸送した。寸断された交通機関をつなぐギリギリの物流作戦があった。

●無料でも何度でも

 山口さんは仙台市にスクーターを運んだ後、横浜市在住の知人夫妻を探した。2人が出張で仙台市にいるのをFacebookで知っていた。被災しているに違いない。何十回も電話してようやく連絡がついた。彼らは3月11、12日とホテルに避難していた。もちろん新幹線もバスもない。「東京に戻りますが、乗りますか?」「ありがとう、助かった」。山口さんたちは3月14日未明、東京に戻った。

 トラックで帰京する道中、NHKラジオで地震被害状況を聴き続けた。その被害の甚大さに何度も涙がこぼれた。ハンドルが湿った。「私に何ができるか」「何ができるだろう」と自問した。次第に心が固まっていった。

 「無料でも何回でも、物資輸送しなければならない」

 もちろん原発は不安だし、被ばくの恐れもあった。家族のことも思った。だが、仙台市の情景とラジオからの悲惨な情報が、山口さんを突き動かした。やるしかない。戻った日からブログやFacebookで呼びかけた。

 「16日に仙台、大船渡に向かいます。緊急物資を募集します」

 善意の物資が見知らぬ人、団体から集まった。事務所は一杯になり、倉庫にも積んだ。どこでも売り切れていたポリタンクもブログで呼びかけて集め、ガソリンや軽油、食糧を大船渡市などに届けた。

●「人間は強いですから」

 ローソンの宮城県対策本部から「オニギリを現地で作りたい」という声があがった。東北地方の5工場のうち4工場で3月15日までに電力が復旧したのだ。問題は不足する燃料と材料の輸送。九州の加盟店オーナーからタンクローリーを借りて、燃料を運ぶメドをつけた。3月15日に米や具材の原材料と燃料を運んだ。ちなみに具材は腐りにくい昆布、おかか、梅に限定。明太子はムリだ。

 ローソンの3月15日の店舗状況は↓まで回復していた。

 2日前よりも劇的に改善した。3月17日には、航空自衛隊輸送機で救援物資のオニギリとパンを小牧基地(兵庫県伊丹市)から福島空港まで輸送。3月18日には店舗の耐震状況の調査のため、建築専門家も派遣した。仙台空港そばの物流センターの被災の影響は大きかった。低地の物流センターは今後見直しするという。

 早期の開業は現場の努力だけでなく、東京の対策本部の努力もあった。店舗状況把握と支援調整、物資調達、節電対策、工場間調整、さらにマスコミ対応など押し寄せる業務。毎日毎日、深夜24時前後が本部の終業時間だった。

 一方、山口さんは3月17日、陸前高田市にいた。3度目の現地への物資輸送である。そこで見たものはコンビニではなく、瓦礫だった。

 彼は言葉を失った。何もできず立ちつくす地元の人を見て、また言葉を失った。このローソンだけでなく、山口さんは気仙沼市のセブン-イレブン、大船渡市のファミリーマートなど瓦礫の中の店舗をいくつも見た。瓦礫か店舗か分からなかった。ここから立ち上がることができるのだろうか? だが、あるローソンの加盟店オーナーはこう言ったのだ。

 「人間は強いですから」

 「瓦礫の中からでもできる」と。加盟店オーナーは地元の顔である。雇用にも販売にも責任を持つ。商品と人を結ぶ地元のハブである。だから電気が無くても、懐中電灯で自力営業もする。だからできる。いや、やるのだ。

●意地こそ原動力

 山口さんは4月1日までに、東北へ7回、被災者の避難先の河口湖も入れれば8回の物資輸送をしている。福島県に入るたびに熱いものがこみあがる。物資は供給が増えれば何とかなる。だが、すぐにどうにもならないこともある。山口さんはブログとFacebookでこう宣言した。

 「福島原発から半径3キロ以内は無料で運搬します」

 ローソンも熱い。この状況下でUchiCafe SWEETSの新製品、予定通り3月29日に発売した。

 「担当者が意地で出しました」

 この取材を私は別々のものとして行った。過去の2つの記事の縁があって、被災時の様子をうかがおうと思ったのだ。ところが、くしくも両者は東北でつながっていた。熱さは熱さを呼ぶ。国難だからこそ、1人1人再興へ意地を見せよう。


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